院長

~特別編~第7章:米国からの誘いと異動

師匠亡き後、私たちラパログループはがむしゃらに走り続けていました。その勢いもあって、当時の私は学会参加や講演会への招聘が増え、かなり注目を集めるようになっていました。もちろん当直などのデューティーもこなしていましたので、身体には相当な負担がかかっていたはずですが、当時は「皆で頑張らねば」という気持ちが強く、それを大変だとは自覚していませんでした。 そんな中、Tankoでの取り組みが米国クリーブラン…

続きを読む
~特別編~第6章:師匠の最期──受け継いだもの

入院した師匠は、とても寂しがり屋だったこともあり、ラパログループの誰かが毎日お見舞いに行くことが“義務”のようになっていました。私は木曜の担当でした。 無菌室に入るためには手洗いと消毒が必要で、毎週その手順を踏んで師匠のもとへ向かい、近況を報告しました。本来は師匠が行う予定だった手術、講演、学会発表──それらはすべて私たちに託され、もちろん全てチェックされました。発表スライドも持参し、許可を得てか…

続きを読む
ひろゆき氏の発言は何を映し出したのか──規範の空白と、自由が不安を生む社会で生きるということ

ひろゆき氏の「子どもの憧れの職業にキャバ嬢が入るのは異常」という発言には、実は統計的な裏付けがあるわけではありません。子どもたちが本当に夜職に憧れているというデータは確認されていません。それでも、この言葉に社会が強く反応したという事実そのものが、現代日本が抱える“規範の空白”を映し出しているように思います。発言の正しさではなく、その言葉が触れた不安に、私たち自身の心が反応したのだと感じています。 …

続きを読む
~特別編~第5章:師匠の野望と失望──教授選の裏側

ラパログループは大躍進し、大学内でも一目置かれる存在となりました。そんな中、師匠はいつからか「主任教授」を目指したいと考えるようになったようです。しかし、その道のりは決して容易ではありませんでした。当時の教授職は、今以上に高いハードルが課されていたのです。師匠には業績もあり、大学への貢献も十分にありました。しかし、当時求められていたのは“オールマイティな総合型の教授”であり、腹腔鏡という分野に偏っ…

続きを読む
~特別編~第4章:恩師たちの死と医局の変化

落ちこぼれからスタートした私のキャリアですが、師匠のおかげでとても充実した、それもかなり高いものになりました。これについては感謝してもしきれないです。落ちこぼれの私を拾ってくれた当時の桑原教授ですが、ある日、「身体がだるい」と仰るようになり、採血など検査をお奨めしたところ、そこで末期の肝臓がんが発覚。その後入院となったのでした。大学院には、行かず、途中入局の遅れを取り戻すように臨床に明け暮れていた…

続きを読む
MJと働き方改革──量をこなさずして質は語れない

MJと言えば、我々の世代にとってはマイケル・ジャクソンです。「マイティジャック?」という方もいらっしゃるかもしれませんが、ちょうど今、マイケルの伝記映画が上映されていることもあり、今回はマイケル・ジャクソンについて書いてみたいと思います。 先日、その映画を観てきました。彼の人生は華々しい成功と同時に、数々のスキャンダルや訴訟に彩られています。そのため、訴訟関連の内容は映画に盛り込めず、またご家族の…

続きを読む
~特別編~第3章:昭和の医局文化と葛藤

師匠は何事につけても、今でいうところの“昭和”な人でした。当時の言動は、おそらく現代であればパワハラと認定されるような場面も多々あったように思います。師匠自身も、他施設からの評価と大学内での評価に差があったようで、私たち弟子は常に気を張りながら仕事をしていました。ある夜、医局の窓からふと外を見上げると、向かいのオフィスビルの窓にまだ明かりが灯っていました。「まだ仕事している奴がいる。連中に負けない…

続きを読む
2300年 未来への旅

かなり古い映画ではありますが、考えさせられる内容だったため、今回ご紹介したいと思います。1970年代の作品であり、当時は「人口爆発」と「エネルギー不足」が深刻に懸念されていた時代背景があったことを、まず念頭に置く必要があります。 物語の舞台は遠い未来。生殖は完全に自動化され、子どもは人工的に作られる世界です。人口を調整するため、30歳になると宗教的な儀式によって処刑される――そんな設定だったと記憶…

続きを読む
~特別編~第2章:昭和な師匠との出会い

私の師匠は、武内裕之先生。正直申し上げて、かなり「昭和」な先生でした。当時黎明期にあった腹腔鏡下手術のスペシャリストであり、世界最先端の手術を行っていた先生です。婦人科腹腔鏡手術で名を馳せた順天堂大学、その中心に武内先生はいらっしゃいました。私と師匠との出会いは、前回もお話しした通り、落ちこぼれとしてスタートした私の産婦人科医としてのキャリアの中で訪れました。まだ注目されていなかった腹腔鏡下手術に…

続きを読む
ドーハから30年——チーム日本の成熟を感じた日

私自身、サッカーについては全くのド素人です。北野副院長はもともとサッカー部で、ご子息もサッカーをされており、とても詳しい。また、当院の事務長もサッカー経験者です。そんな環境の中で、このテーマをブログにするのは、正直なところ少し気が引けます。しかし、テレビ中継を見ていて、私が大学生だった頃の、いわゆる「ドーハの悲劇」の時代と、今の日本代表の雰囲気がまるで違うことに驚かされました。解説の本田圭佑さんが…

続きを読む