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特別編 院長

私のルーツ

回顧録では、医師になってからのお話が中心でした。ただ、その背景として「どこで育ったのか」をお伝えした方が良いと考え、今回はそんなお話をさせていただきます。

私は自覚していますが、イデオロギー的にはやや左寄りだと思います。理由は明確で、私が高知県四万十市の生まれであり、私が小学生だった当時の高知西部は日教組が強く、共産党の影響力が非常に強い地域だったからです。
そのため、軍国主義を想起させるとして給食はなく、国歌斉唱も国旗掲揚もありませんでした。今の価値観からすると驚かれるかもしれませんが、当時の私にとってはそれが“日常”でした。
背景には、四万十市中村が幸徳秋水の生誕地であり、彼の墓がある土地であることが関係しています。幸徳秋水は日本の社会主義の黎明期に活躍した人物で、「大逆事件」で死刑となった方です。その歴史的背景から、反体制・反天皇制といった思想が地域全体に色濃く残っていました。
ただ、異様なまでの平等主義には、当時の私も違和感を覚えていました。大学で東京に出て、多様な価値観に触れることで、幼少期に刷り込まれた思想は徐々に修正されていったように思います。
それでも──三つ子の魂百まで。
反体制的な感覚は今でも私の根底に残っているようで、トップダウンに反発してしまう性格は、この幼少期の教育の影響があるのだと感じています。
もうひとつ、蛇足ですが、高知の田舎で育ったため都市部の文化に触れる機会が少なかったことは、今でもコンプレックスです。幼少期のテレビは民放が1チャンネルのみ、途中から2チャンネルに増えましたが、NHK総合・教育を合わせても4チャンネルしか映らない環境でした。
そのため、フジテレビへの憧れは異様なほど強かったです。一方で、今でもNHK番組が好きで、家族から「またNHK?」と冷ややかに見られることもありますが、これは幼少期の環境の名残なのだと思います。
こうした背景を踏まえて回顧録を読み返していただくと、私の価値観の“少し歪んだ部分”が、どこかに滲んでいるかもしれません。