海外に出て初めて見えた、日本という“よりどころ”の喪失
私は若い頃、カリフォルニア州で自家用操縦士免許を取得するために留学しました。その後も医師として各国に招聘され、韓国、中国、ヨーロッパ、そして何度もアメリカを訪れてきました。
こうした経験を重ねる中で強く感じたのは、日本はとても良い国であるにもかかわらず、他国の現実がほとんど見えていないという事実です。
海外では、自国の政治や歴史について語ることは市民としての常識であり、アメリカ人は大統領選を語り、中国人は共産党の構造を説明し、ヨーロッパの人々はEUの理念を自然に話します。
しかし日本では、日常生活で政治を語る場がほとんどなく、国の成り立ちや制度について自分の言葉で説明できる人は驚くほど少ないのです。
医師として他国の医療制度に興味があった私は、海外で多くの議論をする機会に恵まれました。
しかし「なぜその制度になっているのか」という政治的背景まで踏み込むと、日本で育った私には説明が難しい場面がありました。
特に、私が育った地域は日教組の影響が強く、天皇制や国旗・国歌についてはほとんど触れられず、むしろ忌避される存在として扱われていました。
本来、国家の象徴は自国のアイデンティティの核であるにもかかわらず、教育の中でタブー化されていたため、私は自国の成り立ちを語れないまま大人になってしまったのです。
このゆがんだ教育に気づいたのは、海外に出て初めて他国の人々が自国の歴史や象徴を誇りを持って語る姿を見たときでした。
海外に出ると、自分は日本人以外の何ものでもないという事実を強烈に意識します。
言語も文化も価値観も異なる環境の中で、よりどころは日本にしかありません。
しかし日本では、国家を肯定的に語ることが長く避けられ、「日本を好きになってはいけない」という空気が教育や社会の中に存在してきました。
自国を愛することは本来健全であるにもかかわらず、その感情が抑圧される構造の中で育ったことは、私自身のアイデンティティ形成に大きな影響を与えました。
さらに言えば、在日韓国・朝鮮の方々のように、歴史的経緯から日本にも韓国にも完全には帰属できず、よりどころを失った人々が生じてしまったことも、同じ構造の延長線上にあります。
これは個人の問題ではなく、戦後日本が抱えてきた深い社会的課題だと感じます。
そして今、円安の進行によって海外に出ることがさらに難しくなりつつあります。
海外に出ることは、日本人が自分の根を確認し、世界の中での立ち位置を理解する貴重な機会でした。
その機会が失われることは、単なる経済的問題ではなく、日本人が自国を見つめ直す機会そのものが減少するという意味で、深い悲劇だと私は感じています。
海外に出て初めて、自国の価値や課題に気づく。その重要なプロセスが、今まさに失われつつあるのです。


