unclaimed embryos(引き取り手のない胚)にしないために

第67回日本卵子学会学術集会に参加してきました。

学術大会のシンポジウム5は厚労科研共催セッション「凍結検体の保管体制の手引き」を議論するを主題とした発表でした。座長は聖マリアンナ医科大学産婦人科学主任教授でいらっしゃる鈴木直先生で、小児・AYA世代がん患者に対する妊孕性温存療法の第一人者としてご高名な先生です。

小児・AYA世代の妊孕性温存は凍結保存する期間が長期にわたるため、長期間安全に保管・管理をするための体制が必須となります。

がん患者に限らず、妊孕性温存を目的とした卵子・精子凍結を希望される方も、20代に凍結して40代に使用する予定となれば、保存期間は長期になる場合が多いでしょう。

転職や結婚といったライフステージの変化から、凍結検体を別の病院・クリニックに移送することも考えられます。

凍結検体の保管・管理体制については、クリニック・病院ごとに異なっているのが現状であり、日々の保守点検の方法、保存を更新または終了する手続き方法など統一された体制がない状況になっています。

今回のシンポジウムでは、5名のご高名な胚培養士の方々がそれぞれ、

  1. 凍結検体の保管・管理
  2. 保存タンクの管理
  3. 保存更新・同意の再確認手順
  4. 輸送
  5. 災害・インシデント

について、自施設での運用や厚労科研研究班で実施したアンケート結果などを交えてご発表くださいました。

発表内では実際に起こったアクシデントの事例や、凍結保存タンクに破損事故が起こった場合にどのような変化が見られるのか、事故を防ぐためにどのような対策・保守点検が妥当なのか、など大変勉強になる内容でした。

凍結保存についてのガイドラインが整備され全国のクリニックで運用されるようになれば、長期保管に伴う管理・移送についてスムーズに取り組めるようになることが期待されます。

凍結保存はとっても大変!なぜなら・・・

凍結保存で一番大変なのは凍結することではなく「保存・管理し続けること」だと思います。

液体窒素中の凍結保存は理論上半永久的に保存できるといわれていますが、液体窒素を入れている保存容器は当然劣化しますし、誰かが半永久的に液体窒素を補充し続けなければなりません。

当然管理する人間・システムも永久に変わらないわけではなく、日々管理を担う我々培養士も、クリニックの責任者の菊地院長もさずがに永遠に生きて管理することはできません。

「保存し続けること」の大変さは我々クリニック側だけでなく凍結検体の持ち主である患者様にも当てはまることで、保存期限をむかえるたびに凍結検体をどうするか毎年決断しなければいけません。

患者様の選択肢としては、

  1. 保存を延長する
  2. 凍結検体を使用する
  3. 保存を終了する

この3択になるかと思いますが、どの選択肢を取ったとしても負担があるかと思います。

  • 心理的負担(決断しなければいけない・決められないなどの不安や葛藤)
  • 経済的負担(保存延長料金・検体を融解して使用するのであれば治療費がかかる)
  • 倫理的負担(生命になるかもしれないものを廃棄することに抵抗がある・・など)

こういった負担を負い続けることは大変なストレスであると思います。

ですが、凍結検体は患者様ご自身が選択肢を選び取らないと半永久的に凍結保存タンクから出られない存在であることも忘れないで欲しいポイントです。

unclaimed embryos(引き取り手のない胚)にしないために

NBCニュースの記事に米国での凍結胚についての問題を扱った記事があります。

https://www.nbcnews.com/health/features/nation-s-fertility-clinics-struggle-growing-number-abandoned-embryos-n1040806

米国に限らず日本中どこの施設でも(もちろん当院でも!)連絡が取れなくなってしまった患者様の凍結胚について、問題は明確な解決策がない状況になっています。

2021年ASRM(米国生殖医学会)倫理委員会の見解には

https://www.fertstert.org/article/S0015-0282(21)00138-2/fulltext

クリニック(原文ではProgram)固有の規定がない場合、凍結保存された胚は、クリニック側が合理的な努力を行ったにもかかわらず、処分権を有する個人または夫婦と合理的な期間連絡が取れない場合、持ち主不明(unclaimed )とみなされることがあります。(Keypointより)

クリニックおよび施設は、引き取り手のない胚の指定、保管、使用、および処分に関する書面による方針を作成し、これを遵守させるべきである。クリニック固有の方針がない場合でも、個人またはカップルとの連絡から相当な期間が経過し、かつ個人またはカップルへの連絡に相当な努力がなされた場合、クリニックまたは施設が胚を未引き取りとみなすことは倫理的に許容される。「相当な」努力と期間とは何かは、書面による方針で明確に定義されるべきである。(Conclusionより)

連絡を取るための「合理的な努力」「相当な努力」についての内容・方針についてしっかり決定し、患者様とクリニック間で共有・遵守しなければいけないとの事です。

個人的には次の引用部分が気になります。

胚の処分権を持つ個人またはカップルが、プログラムの方針に記載されている方法で、胚の処分権をこれ以上持ちたくないことをプログラムに明確に表明した場合、胚は持ち主不明とみなされることがあります。(Keypointより)

とある不妊治療をご経験された方から伺ったお話です。

不妊治療がうまくいかず、カップルは別れることを選択しました。しかし、今後使用するつもりがないにもかかわらず二人の間に保存していた凍結胚を破棄することが、とんでもなく苦痛だったそうです。

まさに「胚の処分権(所有権)をこれ以上持ちたくない」という気持ちではないでしょうか。

クリニックにこの気持ち表明してもらう方法があれば、「凍結胚を廃棄する」「技術向上にために使用する」など凍結胚に今後を決定する負担を我々が代わって担えるかと思います。

当院でもまだまだ改善できるポイントがあると思いますので、引き取り手のない胚をつくらないために、引き続き改善していきたいと思います。