~特別編~ 内視鏡の歴史
内視鏡とは、カメラスコープを用いて人体内部を観察するシステムの総称です。
世界初の内視鏡は、1805年にドイツの Philipp Bozzini が作成した Lichtleiter とされています。
蝋燭の明かりを利用して管腔臓器を観察する装置でしたが、ポンペイ遺跡から類似の器具が発掘されたともいわれ、内視鏡の起源はさらに古い可能性があります。
胃の内視鏡は、同じくドイツの Adolf Kussmaul(クスマウル呼吸で知られる)が、剣を飲む大道芸人に硬性鏡を使用して観察したのが最初とされています。
現在のような細く曲がる軟性鏡とは異なり、当時の硬性鏡を病人に使用することは、相当な負担であったと想像されます。
腹腔鏡の歴史は、1901年にドレスデンの外科医 Georg Kelling が犬の腹腔内を観察したことから始まります。
1911年にはスウェーデンの Hans Christian Jacobaeus が「Laparoskopie」という言葉を初めて使用し、腹腔内観察を発表しました。
これが現在の “ラパロ” の語源となりました。
腹腔鏡は当初、肝臓の観察や生検など内科的検査として用いられていましたが、超音波検査の普及により役割が変化し、婦人科領域──特に異所性妊娠や卵管周囲癒着、不妊検査として広まっていきました。
順天堂では、古くから“兼科”という科の壁を越えた診療体制があり、婦人科の異常を内科にコンサルトする文化が存在しました。
この体制が、腹腔鏡下手術の発展を後押ししたのです。
1970年代に入ると、英国の Patrick Steptoe が完全消毒下での腹腔鏡的避妊法(卵管結紮)を確立し、Robert Edwards とともに 1978年に腹腔鏡を用いた世界初の体外受精を成功させました。
1981年には、ドイツ・キール大学婦人科の Kurt Semm が世界初の腹腔鏡下虫垂切除術を行い、腹腔鏡は診断から治療へと大きく進化しました。
CCDカメラの登場はさらに革命的で、術者と助手が同じ術野を共有できるようになりました。
1987年には、フランスの婦人科医 Phillipe Mouret が婦人科疾患と胆石を併存する患者に対し腹腔鏡下胆嚢摘出術を行いました。
当時、外科界から強い反発があったものの、この術式は瞬く間に世界へ広まり、1990年に日本へ導入、1992年に保険収載されました。
なお、1980年代初頭には順天堂でもテレビカメラを用いた腹腔鏡が行われていたとされ、もし記録が残っていれば世界初となっていた可能性もあります。
このように、腹腔鏡は婦人科領域から広まり、順天堂でも“兼科”という独自の診療体制を背景に、早くから発展していったのです。


