ルッキズムとコンプレックス産業
最近、ルッキズムについて考える機会がありました。
SNSを開けば、美しい人たちが次々と表示されます。
しかも、その多くは加工や編集が加えられています。
私たちは知らず知らずのうちに、そのような人たちと自分を比較してしまう時代に生きています。
しかし考えてみれば、人は昔から何かしらのコンプレックスを持って生きてきました。
容姿だけではありません。
学力、運動能力、身長、体力、家庭環境、収入、社会的地位。
人は社会の中で生きる以上、他者との比較から完全に逃れることはできません。
私は、「みんな違ってみんないい」という言葉に少し違和感を覚えることがあります。
もちろん、多様性を認めるという意味では素晴らしい考え方です。
しかし現実には、人には様々な違いがあり、それによって有利なことも不利なこともあります。
その事実そのものを否定する必要はないと思うのです。
大切なのは、違いがあることではありません。
その違いを根拠に、自分の未来を決めつけてしまうことです。
例えば、「自分は容姿に自信がないから幸せになれない」「学歴が高くないから成功できない」「収入が少ないから結婚できない」。若い頃は、そのように考えてしまいがちです。
しかし、それらは現時点での評価であって、将来を保証するものではありません。
私自身、若い頃に思い描いていた未来と、現在の人生は大きく異なっています。
様々な人との出会いがあり、思いもよらない仕事との縁があり、予想もしなかった経験の積み重ねが今の自分を作っています。
もし若い頃の自分が、その時点での能力や立場だけで人生を評価していたら、今の人生には辿り着かなかったでしょう。
人生の面白いところは、予測できないことです。
良いことも悪いことも含めて、未来は誰にも分かりません。
思いもよらない出会いが人生を変えることもありますし、自分では欠点だと思っていたことが、後になって強みになることもあります。
最近は自己肯定感という言葉をよく耳にします。しかし、自分を好きになれない時期があっても構わないと私は思います。
誰にでも、自分の嫌いな部分やコンプレックスはあります。無理に自分を好きになる必要はありません。
ただ、そのコンプレックスを理由に、自分の未来へ判決を下してはいけないのです。
今の自分は人生の途中経過に過ぎません。まだ見ぬ出会いも、経験も、成長も残されています。まして若いうちに、自分の可能性を決めつけてしまうのはもったいないことです。
人は皆違います。
それは当たり前です。
そして、人は皆何かしらのコンプレックスを抱えています。
それもまた当たり前です。
しかし未来だけは違います。
未来は誰にも分かりません。
だからこそ、今の自分の欠点や不安だけを根拠に、自分の人生を決めつけないでほしいのです。
人生は思っているより長く、そして思っているより面白いのですから。


