~特別編~第15章:不整脈──死を意識した瞬間

心臓は人体の中でも重要な臓器のひとつで、一生で約20億回拍動すると言われています。その拍動が止まるということは、すなわち“死”を意味します。
血液を循環させるために休むことなく動き続ける心臓ですが、身体の状態に応じて心拍出量を調整するシステムが働いています。これは主にホルモンによって制御されますが、ストレスなどでホルモンが変動すると、心臓には大きな負担がかかります。

当時の私は、自分ではストレスを感じていませんでした。しかし実際には、
多数の手術、当直明けの診療、研究や講演準備──
ほぼ連日のように業務に追われ、今思えば“ナチュラルハイ”のような状態だったのだと思います。
そしてその負荷は、知らず知らずのうちに私の心臓を蝕んでいました。

当直明けのある日、よく晴れた日のことでした。
自宅に帰ろうとした瞬間、胸の痛みと激しい動悸に襲われました。
医師である私は、自分の心拍が明らかに乱れ、リズムが取れていないことをすぐに理解しました。
その場にしゃがみ込み(蹲踞といって、心臓と頭の位置を近づけ脳血流を確保する姿勢です)、しばらく様子を見ましたが改善せず、病院に引き返して救急室にウォークインしました。
看護師さんに心電図と血圧測定をお願いし、横になりました。
後輩の循環器の先生に診てもらい、心房細動であることが判明しました。
とにかく心拍を戻す処置が必要でしたが、心房細動では心房内に血液がよどみ、凝血塊ができ、それが拍動再開時に飛んで脳梗塞などを引き起こす可能性があります。
そのリスク説明を受け、承諾書にサインが必要だと言われました。
家族に連絡するよう促され、妻にLINEを送りましたが──
返ってきたのは、
「死にそうな人はLINEできないでしょ」
という言葉でした。
ほとんど家に帰らず、仕事一筋で走り続けていた私は、
いつしか妻にすら“そういう扱い”をされるようになっていたのでしょう。
電気ショックの準備もされた状態で点滴を受け、しばらくして心拍は正常に戻りました。
幸い、血栓も飛ばず、梗塞も起こりませんでした。

この話を聞いた麻酔科の友人は、こう言いました。
「お前、死ぬぞ。死んでも大学は面倒見てくれないぞ。早く辞めろ。」
その一言。
そして妻の言葉。
さらに、以前から心のどこかにあった「そろそろ大学を辞めよう」という思い。
それらが一気に結びつき、私の中で“辞める”という選択肢が現実味を帯びていきました。
しかし──
私にはまだ辞められない理由がありました。
もちろん、進行中の浦安プロジェクト です。