不妊カウンセリング学会養成講座に参加して—— 生殖の権利をめぐる日本社会の歩み
先日、不妊カウンセリング学会の養成講座に出席し、北村邦夫先生の座長を務めさせていただきました。北村先生は、日本における性と生殖の健康・権利(SRHR)の普及に長年尽力されてきた方であり、その歩みは後世に確実に残るだろうと感じています。
SRHRとは、「妊娠するかしないか、いつ産むか、何人産むかを自分で決める権利」を指します。しかし日本では、特に女性の権利としてこの考え方が十分に浸透してきたとは言えません。宗教・文化・社会規範などの影響により、避妊や性教育が長くタブー視されてきた歴史があるためです。
その中で、女性が自らの意思で妊娠をコントロールするための重要な手段が経口避妊薬(ピル)です。米国で承認されたのは1960年ですが、日本では1999年まで承認が遅れました。
その背景には、性教育の遅れ、科学的根拠に乏しい「性が乱れる」「HIVが拡大する」といった発言、社会的価値観の固定化など、複数の要因が複雑に絡み合っています。
興味深いのは、承認に反対したのが男性だけではなく、女性の中にも多かったという点です。「女性の敵は女性だったのかもしれない」という北村先生の言葉は、私にとって非常に示唆的でした。また、社会を良い方向に変えようとするアクティビストの中には、自らの正義を強く信じるあまり、時に過激な行動に出てしまい、それがかえって社会の変革を遅らせてしまうことがあるという指摘も印象的でした。
ここで私が強く感じたのは、「新しい仕組みを社会にインストールすることの難しさ」です。
社会は、たとえ不完全であっても、それなりに回っている仕組みの上に成り立っています。そこに新たな制度や考え方を導入することは、とても刺激的で、時に楽しい作業でもあります。しかし同時に、その変化によって不利益を被る人が生まれる可能性もあります。
自分たちの考えが100%正しく、その他は間違っているという驕りは、たとえ科学的に正しい主張であったとしても、社会全体にどのような影響を及ぼすのかまで想像し、慎重に進める必要があるのだと改めて感じました。
今回の講演では、北村先生の著書『ピル承認秘話 わが国のピル承認がこれほど遅れた本当の理由』に記された歴史の一端をご紹介いただきました。社会を変えるために行動し続けた方の言葉には重みがあり、その行動力と粘り強さに圧倒される思いでした。
生殖の権利は、「避妊」と「不妊治療」の両方に関わります。私たちのクリニックは不妊治療を専門としていますが、避妊も不妊治療も、どちらも“自分の人生を自分で選ぶ”ための権利という点で同じ線上にあります。
望まない妊娠を避ける権利、望むときに妊娠できるよう支援を受ける権利。この両方が揃って初めて、個人の生き方が尊重される社会になるのだと思います。
今回の講演は、不妊治療に携わる私たちにとっても、「生殖をめぐる社会の歴史と構造を理解することの大切さ」を改めて考える機会となりました。生殖医療は、医学だけでなく社会の価値観や制度とも深く結びついています。
だからこそ私たち医療者は、治療だけでなく「生殖を取り巻く社会のあり方」にも目を向け続ける必要があると感じています。


