霧の中で気づいたこと──子ども時代の『暇』が育てた想像力

子どもの頃、父と高知の山道をドライブしていたときのことを今でも思い出します。季節は初夏だったのでしょうか。湿った空気が漂い、視界を奪うような霧が立ち込めていました。前を走っていた車は日産のスカイラインで、丸いリアランプがぼんやりと赤く光っていましたが、霧のせいでブレーキを踏んでいるのかどうかが分かりづらかったのです。光量を上げても霧に散乱してしまい、赤い光はただ滲むだけで意味を持ちませんでした。そのとき、子どもの私はふと「もっと高い位置にランプがあればいいのに」と思いました。今振り返れば、これはハイマウントストップランプの発想そのものでした。

当時、私は『子供の科学』の発明コーナーを毎月楽しみにしており、応募しようかと考えたものの、結局投稿しませんでした。1978年頃のことです。その後、ハイマウントストップランプは安全基準として世界で普及していきました。あのとき応募していれば、と悔しく思うこともありますが、この体験は私にひとつの大きな気づきを与えてくれました。

あの発想は、霧の中のスカイラインを見たから生まれたのではなく、もっと根源的な理由があったのだと今では思います。それは、暇だったからです。昭和の子どもには、今よりもずっと「時間」がありました。ぼんやりする時間、退屈な時間、景色を眺める時間、想像が勝手に広がる時間、そして何かに気づく時間。現代の子どもには、この“暇という贅沢”がほとんど存在しません。スマホ、タブレット、ゲーム、SNS、習い事、塾、予定の詰まった生活。常に刺激があり、常に情報があり、常に誰かの答えがあります。そのため、想像が勝手に動き出す余白がありません。

昭和の子どもは、暇という体験格差の中で創造性を育てていたのだと思います。霧の中でスカイラインを見つめながら「光量ではなく位置だ」と気づいたあの瞬間は、知識ではなく、暇が生んだ構造的思考でした。体験格差というと、都会と地方、経済格差、教育格差が語られがちですが、もっと深い層にあるのは時間の質の格差です。地方の子どもは自然環境の中で危険を“体験”し、都会の子どもは危険を“知識”としてしか知りません。昭和の子どもは暇の中で想像力を育て、現代の子どもは情報の中で反応力を育てています。どちらが良い悪いではなく、体験が違えば世界の見え方が違います。体験格差は「不平等」ではなく、人間の多様性そのものだと感じます。

私はハイマウントストップランプを発明しませんでしたし、投稿も特許も取りませんでした。しかし、その後の人生で医療や教育の領域に携わり、自分なりの役割を果たしてきました。体験格差は人生の可能性を閉じるものではなく、むしろ人生の物語を豊かにします。体験格差は後からいくらでも挽回できますし、その挽回の過程そのものが人生を深くしてくれるのだと思います。

霧の中のスカイラインを見つめたあの瞬間は、私の人生の原風景です。体験格差とは、地域の差でも、経済の差でも、教育の差でもなく、時間の差であり、余白の差であり、想像が動き出す瞬間の差なのだと思います。均質化は人間の多様性を奪い、体験格差は創造性の源泉になります。そして体験格差は、人生を豊かにしてくれるものだと感じています。