WHOからの不妊治療ガイドライン発表

先日、WHO(世界保健機関)から不妊治療に関する国際ガイドラインが発表されました。
これを機会に、米国(ASRM)やヨーロッパ(ESHRE)の生殖医学会のガイドラインと比較しつつ、原因不明不妊の治療方針について整理してみたいと思います。

原因不明不妊とは、検査をしても排卵障害・卵管因子・男性因子などが見つからず、明確な原因が特定できない不妊のことです。全体の約20〜30%がこのカテゴリーに該当するとされ、治療方針の決定が難しい領域です。
ただし、特に女性の年齢による妊孕性低下は避けられないため、WHOでも比較的高齢、または不妊期間の長い患者に対しては早めのIVFへのステップアップを推奨しています。ASRMやESHREと比べると、WHOは世界全体に向けた発信であるがゆえに、国や地域の医療事情に配慮した柔軟な推奨になっている点が特徴的です。

各ガイドラインのまとめ

 WHO(2025年版)ESHRE(2023年版)ASRM(2020-2023年版)
初期対応若年かつ不妊期間が短い場合は自然妊娠の可能性を考慮し、待機的管理を推奨6〜12か月の自然妊娠を試みた後、治療介入を検討35歳未満では最大12か月、35歳以上では6か月の自然妊娠を試みる
卵巣刺激と IUI(AIH)有効性は限定的。多胎妊娠リスクを考慮し、漫然と継続することは推奨されない最大3〜4周期まで実施可能だが、年齢や不妊期間により調整3〜4周期まで実施可能。介入には検査や初期治療も含まれ、必ずしもIVFに限定しない
IVF
移行
基準
年齢が高い(具体的数値は明記なし)、または不妊期間が長い場合にIVF移行は合理的とされる35歳以上または不妊期間が3年以上の場合、IVFへの早期移行を推奨35歳以上または不妊期間が長い場合は、検査や治療介入を早めることが望ましい(IVFはその選択肢の一部)

臨床現場での意味
若年・不妊期間が短い → 待機的管理も選択肢
高齢・不妊期間が長い → IVFへの早期移行が合理的
排卵誘発+IUIは「限定的な効果しかない」ことを理解し、漫然と続けない
それぞれのガイドラインの考え方

まとめ
原因不明不妊は全体の約20〜30%を占めます。WHOは「過剰治療を避け、段階的に」と強調する一方、ESHREは「35歳以上や長期不妊では早期にIVF」と明確に示しています。ASRMは「35歳以上では検査や治療介入を早めるべき」と記載し、必ずしもIVFに限定しない点が特徴です。
共通するのは、**「自然妊娠の可能性を残しつつ、年齢・期間に応じてステップアップ」**という考え方です。比較的高齢の方が多い日本の臨床現場では、体外受精へのステップアップを早めに念頭に置くことが妥当と考えられます。

最後に、このガイドラインを読みながら改めて感じたのは、やはり30代前半までに妊娠を検討することが望ましいということです。
我が国では、こうした情報が十分に共有されているとは言い難く、妊娠・不妊に関する教育や情報発信がまだまだ不足しているように思います。WHOのこのガイドラインには、治療のステップアップだけでなく、教育やプレコンセプションケアとしての環境整備の重要性についても触れられています。 つまり、不妊治療は「医療技術」だけでは完結せず、教育・社会的支援・環境整備を含めた包括的ケアが不可欠です。だからこそ、こうした知識をわかりやすく伝え、社会全体に広めていくことも、私たち医療者の重要な使命のひとつではないでしょうか。