直美と闇バイト
このように記載すると、“直美さん”という方のお話のように思われてしまうかもしれませんが、直美さんという女性のお話ではありません。我々医師は研鑽を積んで、私であれば産婦人科の専攻医を経て、産婦人科専門医、その先のサブスペシャリティーである、例えば、不妊治療専門医を目指すのが一般的でした。それに対し、初期研修医終了後、そのまま美容外科に入局することを直接美容に行く、という意味で“直美”と呼ぶようです。初期研修終了後の医師は、これから専門を修行していく必要があるのですが、その専門を美容外科にするという選択をする若い先生方が増えているのだそうです。
これまでは、外科系の専門科で手術の腕を磨いたのちに美容外科へ進む先生方が多かったようですが、今の国民皆保険制度においては、診療報酬は昔のまま、医療材料などは物価の高騰などもあり、先行きが不透明になっていることも事実であり、その未来を悲観して“直美”を選択するようです。美容は自費診療ですので、初期研修医でも当初からそれなりの給与がもらえるのだそうです。
私個人としては、この傾向は仕方ないと考えます。不妊診療も3年前までは自費診療でした。しかしながら、保険診療に変わり、それなりに競争・淘汰もあるようです。よって、美容では競争はさらに激しいと思われますので、やはり腕が認められなければ、その先は厳しくなるでしょうから、その後の努力は必須となるはずです。よって、“直美”を選んだ若い先生方も、それ相応の覚悟は必要でしょう。知人の美容外科医も、もともとは他科でマイクロ手術を極めてから美容に入り、成功を収めております。
昨今はSNSなどで他者の煌びやかな日常を目の当たりにする機会も増えており、ともすれば簡単にそのような生活が手に入るように思えてしまいますが、その背景の努力はSNS上ではわからないことも多々あり、さらにフェイクも含まれているでしょうから、実際のところは簡単にそのような日常を手にすることは困難なはずです。
簡単にお金が手に入る、という意味においては“闇バイト”も近いものがあるのかもしれません。美味しい話には罠があるのです。気が付いたら犯罪に手を染めていた、では遅すぎます。もちろん、“直美”は犯罪ではありませんが、どのような分野においても努力無くして未来は無い、と考えます。
ただ、このような状況に至ったのは、身近にロールモデルとなる先輩が少なくなったからかもしれません。医師の世界では、大学や医局の先輩が辛そうな毎日を送っているのを見ると、若い先生方が不安になるのも仕方ありません。
一方、多くの業績を残した高名な先生が、その最後に美容に行く、“晩美”というものも増えつつあるようです。これはこの国の医療制度自体の問題もあるように感じており、他の分野を含め、日本全体がそのような状況になっているとすれば、暗澹たる気持ちになりますが、少しでも明るい未来が来るよう、我々もできることをしていきたいと考えております。