卵子凍結モデル事業が国の議論へ──浦安から始まった挑戦が、いま新たなステージへ

はじめに
先日、国民民主党の岡野純子議員が、国会でこども家庭庁が予定している「卵子凍結モデル事業」について質問されました。岡野議員は政治家としてのスタートを浦安市議会議員から切られた方であり、その頃に私が浦安市で行った卵子凍結プロジェクトにもご協力いただきました。今回の質疑は、その延長線上にあるものだと感じています。
10年越しに、当時は前例のなかった取り組みが、国の政策として議論される段階にまで進んだことに、深い感慨を覚えます。
卵子凍結は、単なる医療技術ではありません。女性の人生設計に新たな選択肢をもたらす「希望」であり、同時に社会の構造的課題を映し出す鏡でもあります。今回の国会質疑は、その両面を丁寧に扱った非常に示唆に富むものでした。ここでは、議論のポイントと私自身の考えをまとめたいと思います。

2026.3.5 岡野純子 千葉5区 特別国会 衆議院 予算委員会 省庁別審査

1. モデル事業の対象は「社会性不妊」も含む
今回の質疑で「社会性不妊」という言葉が使われたことは、私にとって非常に象徴的でした。この言葉は、浦安市のプロジェクトを立ち上げた際に、私たちが初めて用いたものです。
当時は、がん治療などによる卵巣機能低下に備える「医学的適応」と、それ以外の“社会的理由”を区別する必要があり、やや皮肉を込めて social infertility(社会性不妊) と表現しました。今回、国会でこの言葉が自然に使われたことは、社会的理由による卵子凍結が、ついに国の議論の土台に乗ったことを意味します。

こども家庭庁のモデル事業はあくまで「研究」として位置づけられていますが、
•              健康な女性も含めた幅広いデータ収集
•              “広義の医学的適応”の検討
•              卵子凍結の課題検証
が明確に示されており、2015年に浦安市が全国で初めて社会的卵子凍結を支援した流れが、国の政策として継承されつつあることを感じます。
当時は「前例がない」「成功率が低い」「誤解を生む」など、様々な批判がありました。それでも、女性の人生の選択肢を広げるという理念は揺らぎませんでした。今回の国の姿勢は、その理念が確かに社会に根づき始めた証だと思います。

2. 正しい知識の提供は不可欠
卵子凍結は「いつでも産める魔法」ではありません。あくまで“保険”であり、限界があります。浦安のプロジェクトでも、34名のうち凍結卵子を使用して出産に至ったのは1名でした。
しかし、私が最も重要だと感じているのは、別の成果です。
事前説明会で妊孕性に関する幅広い知識を得たことで、卵子凍結をきっかけに妊娠・出産を自分事として捉え直し、結果として卵子を使わずに自然妊娠・出産された方が7名いたのです。
これは、卵子凍結そのもの以上に、「正しい知識の提供」が行動変容を生み出したことを示しています。

浦安市では、卵子凍結の成功率やリスクだけでなく、
•              年齢と妊娠率の関係
•              卵巣予備能の変化
•              妊娠・出産に伴う医学的リスク
•              将来のライフプランとの向き合い方
といった、妊孕性全体を俯瞰する内容を丁寧に説明しました。
国会でも、卵子凍結を用いた妊娠成立率は約3割、排卵誘発の負担、自己注射の必要性、副作用のリスク、高齢妊娠のリスク(例:40歳では妊娠高血圧症候群が1.7倍)といった具体的な説明が示されましたが、これはまさに浦安市での経験と同じ方向性です。
卵子凍結は、正しい理解があってこそ、人生設計の選択肢として意味を持ちます。そして、卵子凍結の成否だけに注目するのではなく、「知識を得たことで人生の選択が変わる」という本質的な価値を、今後のモデル事業でも大切にすべきだと考えています。

3. 卵子凍結よりも先に、若い世代が産める社会を
岡野議員が強調されたように、卵子凍結はあくまで「選択肢の一つ」です。本質的には、若い時に産みたい人が産める社会環境の整備が最優先です。
出産が遅れる最大の理由は「経済的理由」。20代の調査では「子どもを産みたいと思わない」が64%という衝撃的な数字も紹介されました。
卵子凍結を支援するなら、同時に賃金、働き方、住宅、保育、ジェンダー意識といった社会構造の課題に本気で取り組む必要があります。卵子凍結だけでは少子化は解決しません。しかし、社会改革と組み合わせれば、確かな希望になり得ます。

4. プレコンセプションケアと妊孕性教育のアップデート
卵子凍結を検討する女性の多くが「もっと早く知っていれば」と語ります。これは個人の問題ではなく、社会が妊孕性に関する情報提供を怠ってきた結果です。
国会では、プレコンセプションケアの強化、高校教科書では2020年のデータを使用、外部講師(産婦人科医・助産師)の活用などが示されました。妊孕性は「取り返しがつかない」領域です。だからこそ、教育のアップデートは急務です。

5. 男性の生殖年齢という“見落とされてきた問題”
議論はどうしても女性に偏りがちですが、男性にも加齢による妊孕性低下があります。国会でも、男性の妊孕性低下を周知する方針、男性向けコンテンツの公開が示されました。
卵子凍結だけが女性の責任になる構造は、絶対に避けなければなりません。妊娠・出産は男女双方の問題であり、社会全体の課題です。

おわりに──10年前の浦安から、いま国へ
浦安市で卵子凍結支援を始めた頃、「前例がない」「早すぎる」と言われたことを思い出します。しかし、あの時の挑戦が、いま国の政策として議論されている。
これは、現場で声を上げ続けた女性たち、支援してくださった議員の方々、そして医療現場の努力が積み重なった結果です。
卵子凍結は、人生の選択肢を広げるための一つのツール。その価値を正しく伝えながら、同時に「若い世代が産みたい時に産める社会」をつくること。この両輪を進めていくことが、これからの日本に求められています。
私自身も、研究者として、医療者として、そして浦安での経験を持つ一人として、この議論を引き続き見つめ、発信していきたいと思います。