マズローの欲求5段階と、その歪みについて

マズローの欲求5段階説というものがあります。人間の欲求はピラミッド状に構成され、下位の欲求が満たされると、より高次の欲求へ移行するという理論です。米国の心理学者マズローが提唱したもので、「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」の5つから成ります。
まず、生理的欲求とは食事や睡眠など、生きるために不可欠なもの。安全欲求は、身の危険や不安から離れ、安心して暮らしたいという欲求です。現代日本では多くの場合この2つは満たされていますが、災害や戦争などで脅かされることもあります。
3段階目の社会的欲求は、集団に所属したい、孤独を避けたいというもの。4段階目の承認欲求は、他者から認められたいという願望で、SNSの普及により強調されがちな欲求です。悪い意味で語られることもありますが、向上心の源泉にもなります。
そして最上位の5段階目が自己実現欲求です。「自分が満足できる自分になりたい」という欲求で、下位の欲求が満たされたときに現れるとされます。マズローは晩年、このさらに上に「自己超越欲求」を置き、社会を良くしたいという利他的な動機を位置づけました。

医療従事者は、欲求の順序が歪みやすい
医療従事者は、もともと社会貢献につながる仕事であるため、高次の欲求が満たされやすい職種です。その一方で、下位の欲求が満たされにくいという“逆転現象”が起きやすいのではないかと感じています。
近年、病院の赤字経営が報じられるようになりました。医師を含む医療従事者の待遇は決して良いとは言えません。一般には「医師=高給取り」というイメージがありますが、保険診療の診療報酬は公定価格であり、医療材料費や人件費が上がっても報酬はほとんど変わりません。その綻びが、いよいよ表面化してきています。

若手医師の炎上動画が示したもの
少し前、ある若い女性医師の動画が炎上しました。医学生インフルエンサーとして活動していた彼女は、保険診療の構造的問題を指摘し、美容などの自由診療へ進むと語りました。特に医師からの批判が大きかったようです。
ただ、私は彼女を批判するよりも、むしろ「なぜ若手がそう言わざるを得ないのか」という制度側の問題に目を向けるべきだと思っています。医師たちが自分たちの歩んできた道を否定されたように感じたのは理解できますが、矛先を向けるべきは個人ではなく構造です。

海外の医療制度と日本の特殊性
大学時代、海外で働く機会をいただき、各国の医師と話す中で、日本の特殊性を強く感じました。
海外の医師たちは、日本の国民皆保険制度を「よくできた社会主義」と評します。
•    米国では、腕の良い医師はドクターフィーで高収入を得られる
•    中国では基本給は低くても、袖の下で収入が増える
•    欧州では診療が制限されているため、医師は過度なハードワークをせず、一定の給与が保障される

一方、日本では診療報酬は一定で、どれだけ忙しく働いても給与は変わりません。患者は自由に医師を選べますが、医師側の報酬は変わらない。努力しても待遇が改善しない構造なのです。

高次の欲求を満たしても、下位の欲求が崩れる現実
かつては患者さんから付け届けのような文化もあったようですが、今はそれもありません。働いても働いても忙しくなるばかりで、報酬は変わらない。競争の世界で勝ち抜いてきた若い医師が、自由診療へ向かうのは自然な流れとも言えます。
私の大学時代のボスは、「国民皆保険制度は、患者さんのためだけでなく、できない医師のための制度でもある」と言っていました。競争を望む医師にとっては魅力が薄いのかもしれません。
そのボスはハードワークで身体を壊し、早くに亡くなりました。私自身も身体を壊して大学を辞めています。高次の欲求を満たすために、下位の欲求――健康や安全――を犠牲にしてしまう現実があります。

制度のゆがみが、欲求のゆがみを生む
国民皆保険制度は患者にとっては素晴らしい制度ですが、その財政的な限界が見え始めた今、国はその負担を医療機関に押し付ける方向へと舵を切りつつあります。
資本主義の原理が働かないこの特殊な制度は、医師の努力や技量が報酬に反映されない構造を生み、結果としてマズローの欲求段階そのものを歪めてしまっているように思います。
高次の欲求が満たされる一方で、下位の欲求が満たされない――この逆転現象こそが、医療従事者の疲弊の根底にあるのではないでしょうか。

いま、制度を見直す時期に来ている
国民皆保険制度は、そろそろ見直すべき時期に来ているのだと思います。しかし、医師側から声を上げると、「医は仁術」「医師が文句を言うな」と批判されがちです。
けれど、医師も人間です。
マズローの下位の欲求が危うい状態では、どれほど高尚な理念があっても、仕事を続けることはできません。