「996」という働き方──ポルシェではなく、中国の労働文化の話
「996」と聞いて、車好きの方ならポルシェ911シリーズのうち、水冷化された初代モデル──通称「涙目」──を思い浮かべるかもしれません。発売当初は賛否両論ありましたが、今では一定のファン層を獲得しているようです。
しかし今回のテーマは車ではなく、近年中国で問題視されている「働き方」の話です。
中国IT業界に根付いた「996」
「996」とは、朝9時から夜9時まで、週6日働くという勤務スタイルを指します。主に中国のIT業界で広く行われてきたこの働き方は、2016年頃から注目され始め、急速な経済成長──いわゆる「チャイナ・ドリーム」──を支える原動力とも言われてきました。
さらに過酷なバリエーションとして、朝9時から夜10時まで働く「9106」や、毎日0時から0時まで週7日勤務する「007」などの言葉も存在します。極端な例では「996 ICU」という表現もあり、過労によって集中治療室(ICU)に運ばれる事態を揶揄しています。
日本の「企業戦士」と昭和の働き方
このような働き方は、かつての日本にも通じるものがあります。昭和の高度経済成長期には「企業戦士」と呼ばれ、24時間戦うことが美徳とされていました。週6日勤務に加え、日曜は接待──そんな生活が「異常」とは思われていなかった時代です。
男性は仕事に没頭し、家庭は専業主婦が支える。そうした構造のもと、日本は経済的な成功を収めましたが、その裏には過労や家庭崩壊といった代償もありました。今ではこのような働き方は「ブラック」として問題視され、働き方改革が進められています。
中国の若者と「低欲望社会」
中国でも最近になって「996」は「野蛮な働き方」として批判されるようになりました。特に若い世代では、「996 ICU」のように健康を犠牲にしてまで働くことに疑問を抱く声が増えています。
かつては未来に希望が持てる時代だったからこそ、過酷な労働にも耐えられたのかもしれません。しかし今では、「そこまで頑張らなくてもいい」と考える「低欲望社会」へと移行しつつあると言われています。中国は日本の発展とその後の停滞を、ある意味で追いかけているのかもしれません。
医師の働き方と「996」
さて、話を医療業界に移しましょう。日本の医師の働き方改革では、原則として年間960時間の時間外労働が認められており、特例として最大1860時間まで可能とされています。
驚くべきことに、「996」スタイルで週6日勤務した場合でも、この基準内に収まってしまうのです。これには思わず言葉を失いました。
医師という職業の特殊性は理解されつつありますが、それでも「働きすぎ」が常態化している現状には、改めて目を向ける必要があるのではないでしょうか。