将来の妊娠出産に備えたい方へ

“妊孕性”とは?

「妊娠する力」で、妊娠するための能力全般を差します。

妊娠は卵子や精子のみならず、特に子供を宿す性である女性にとっては、子宮・卵巣・卵管などの生殖器や、内分泌機能も関係します。そして、一般的に男女ともに年齢によって低下していきますが、個人差も大きく、簡単に測れる指標もありません。

年齢以外にも、様々な原因によって低下していく“妊孕性”を将来のために温存しておく治療が“妊孕性温存術”となります。例えば子宮筋腫の治療の際、子宮全摘手術を選択することもありますが、将来の妊娠のために、筋腫だけを核出して子宮を温存する“子宮筋腫核出術”も妊孕性温存術のひとつです。さらに言えば、子宮筋腫自体が妊孕性を低下させる場合もあり、その場合はこの筋腫核出術によって、妊孕性の改善も可能となるのです。

がん生殖医療

がん生殖医療とは、がんなどの治療前に治療後の妊娠の可能性につなげる医療です。

近年注目されている医療分野として、「がん生殖医療」があります。
抗がん剤や放射線治療の副作用によって、卵巣や精巣の機能を失ってしまうことがあるのですが、がんなどの治療前に、女性であれば卵子や卵巣組織、男性であれば精子を凍結保存しておき、治療後の妊娠の可能性につなげる医療です。
パートナーがいらっしゃる方であれば、受精卵を凍結しておくことも可能です。

自費診療とはなりますが、現在、厚生労働省の研究促進事業として行われているため、研究協力医療機関であれば、国と自治体の助成が受けられるようになっており、当院も協力機関となっております。がん治療は待ったなしですので、なるべく早く妊孕性温存を行う必要があり、がん治療を行う施設との医療連携が重要となります。

一昔前までは、命が助かるなら将来の妊娠などは二の次、と考えられていたこともありました。しかしながら、がん治療成績の向上も相まって、がん治療後に子供を持ちたいと考えることはSRHR(セクシャルリプロダクティブヘルス&ライツ)からは当然の権利であり、希望される方には妊孕性温存について説明するべきである、と考えられるようになってきました。

2017年にはがん治療学会からガイドラインが発刊され、がん治療担当医と生殖医療専門医との連携はさらに強化されてきております。
私は、大学在籍中よりこの分野に力を入れてきましたので、がん生殖医療学会の理事を務めさせていただいております。
その縁もあって、今日に繋がっており、ご協力いただいている方々には感謝しかありません。

Sexual and
Reproductive
Health and
Rights

計画的卵子凍結(社会的卵子凍結)

上述、がんなどの治療により、生殖能力を失ってしまうリスクのある方のための医学的卵子凍結に対し、年齢による妊孕性低下に備え、健康な女性が行う「社会的卵子凍結」が注目されております。しかしながら、私自身は、この「社会的」という単語に違和感があり、また別のカテゴリーである、「計画的」卵子凍結という言葉を使用しております。この言葉は、米国生殖医学会で2018年に提唱された概念であり、がんなどによる治療のため、時間的余裕の無い「緊急的」な卵子凍結に対し、様々な理由はあれ、将来のためにご本人の意思として計画的に行う、「計画的」卵子凍結という概念です。

基本的には体外受精を受精させる前で止めておき、将来妊娠を考えた時点で、受精から体外受精を再開することが前提となります。
年齢による妊孕性低下の主な原因の一つが、いわゆる“卵子の老化”ですので、34歳までの卵子を凍結しておけば、例えば10個の凍結で6割ほど、20個の凍結で8割ほど将来の出産につなげることができる、という報告もありますが、100%の妊娠を保証するものではありありません。そのため、この計画的卵子凍結については、賛否両論あり、例えば日本産科婦人科学会は推奨しておりませんが、一方で、従業員のために補助を行っている企業もあるようです。

卵子凍結とライフプラン

私が大学在籍中、浦安市との共同研究プロジェクトとして、市内在住の34歳以下の女性を対象に卵子凍結補助を行ったことがありました。
その研究目的は、年齢による妊孕性低下についての意識調査と、卵子凍結に補助をした場合、どのような方々が凍結保存を行うか、を調査するものでした。

よって、月に一回、妊孕性や体外受精などの不妊治療についてのセミナーを行い、例えば妊孕性には年齢的な限界があることをご理解いただいたうえで、判断していただくことを前提としました。

結果、34名の女性が卵子凍結を行いましたが、セミナー聴講後、卵子凍結を行うよりも、早めに結婚や妊娠をした方が良い、と考え、実際にご妊娠・ご出産された方もいらっしゃいました。卵子凍結を行った方々の背景は様々であり、海外で最も多いパートナーの不在を理由とする方々以外に、がん以外で卵巣機能が低下しているご病気を理由にされた方々や、パートナーがいたとしても、経済的な事由で今は産み、育てることが難しいと考えた方々も多くいらっしゃったのです。

当時の説明会の様子
当時の説明会の様子

妊娠・出産は人生における大きなイベントですが、さらにその後の子育てや教育、進学も重要で。特に女性の場合には肉体的にも大きな負担がありますし、そのために費やす時間や費用を考えた場合、今キャリアアップ中の方々にとっては、すぐに子供をつくることを躊躇してしまうことはやむを得ないかもしれません。本来なら、このあたりの解決に政治的な力が必要だと考えます。

もちろん、当時の浦安市も、全国に先駆けてディズニー関係のホテルに協力いただいて産後ケアを充実させていましたし、子育てにかかる費用について多くの補助がありました。しかしながら、子供の進学などまで視野に入れた場合には、それでも足りないのが実情だとも思います。この国の構造的な問題かもしれませんが、少子化の要因はそんなところにあるのかもしれません。

SRHRと卵子凍結

上述のように、社会の構造的な問題はすぐに解決されることはないでしょう。それでも、少しずつは変化しているように感じております。

20年以上前は、男性がベビーカーを押したり、赤ちゃんを抱っこしたりするような光景は少なかったと思いますが、今は当然のことになっていますし、2022年度からは体外受精を含む、不妊治療全般が保険適応となりました。とはいえ、年齢による妊孕性低下のスピードに比べて、社会の変化はあまりにも遅すぎる、と考えた場合にこの卵子凍結が意味を持ってくるような気がします。

SRHRは子供産むか産まないか、も自己決定できるという概念ですが、ご自身のライフプランはご自身で決められるべきであり、社会や他者に強制されるものではありません。
ただ、現実社会には様々な制約があるわけですから、ご自身のライフプランを考えた際に、卵子凍結が役に立つ方々がきっといらっしゃると思うのです。

私が“計画的卵子凍結”という言葉にこだわる理由はそんな背景からであり、ご自身の“計画”として行うことが重要と考えているからです。なるべくお若いうちにご自身のライフプランをじっくりと考えておくことが何より大事なことだと思います。カウンセリングだけでもお受けすることもできますので、当院としても、微力ながら、何かお手伝いできれば幸いです。